(巻二十七)煮凝や余生のかたち定まらず(川崎益太郎)
(巻二十七)煮凝や余生のかたち定まらず(川崎益太郎)11月4日水曜日細君が生協の帰りに郵便局に寄って年賀葉書を買ってきた。雷門の絵柄のものがあったと浅草生まれは喜んでいる。私も5枚ほど出すが、コンビニの挨拶文印刷済みのを買うことにする。割高ではありますが、余白を埋める必要がなく楽であります。要は「まあだだよ」と伝えるだけですから。欠伸して鳴る頬骨や秋の風(内田百鬼園)故あって、住民票が必要になり区役...
View Article(巻二十七)長電話場所を移して冬 ぬくし(玉村謙太郎)
(巻二十七)長電話場所を移して冬 ぬくし(玉村謙太郎)11月5日木曜日畳屋の肘が働く秋日和(草間時彦)濡土に木影沁むなり秋日和(阿部次郎)...
View Article「唐招提寺との歳月 - 永井路子」ベスト・エッセイ2006 から
「歴史の顔」を見てしまった!もの書きとして稀有な好機に恵まれたのは一九七〇年。唐招提寺講堂の解体調査の現場での体験を、私は一生忘れないだろう。ある小冊子の執筆依頼で、かねて大ファンだったこの寺を訪れたのは春先だったろうか。知人に頼んで奈良文化財研究所(当時)の坪井清足氏に紹介してもらい、さらに坪井氏から現場主任の石井典孝氏を訪ねるよう助言をいただいた。「いま全面解体調査中ですよ」と言われて、まあ、と...
View Article(巻二十七)四月馬鹿伝言板の誤字直す(近藤阿佐)
(巻二十七)四月馬鹿伝言板の誤字直す(近藤阿佐)11月7日金曜日昨日とうって変って冬の天気である。長袖下着とタイツを着用し、掛布団を二枚にした。つまり使い果たしてしまったことになるが、明日は立冬、冬はこれからだ!冬隣裸の柿のをかしさよ(坪内逍遙)「満月のもう重からぬ高さかな(横澤放川)」で始まり「真つ直な蚊遣の煙無為一日(稲葉京閑)」で締めた巻四十二の百六句をエクセルに写した。句帳も常々捲るよう心掛...
View Article「一病息災 - 色川武大」ちくま文庫 色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ から
楽あれば苦、苦あれば楽、という言葉があるね。実際そうかどうか、これは微妙な問題なんだけれども、いつかも記したとおり、これは昔の人のバランス感覚から生まれた言葉なんだろうな。若い頃の一時期、この言葉に中毒しちゃった頃があってねえ。ちょうどばくち打ちの足を洗って、市民社会の底辺で社会復帰しようとしていた頃だなァ。楽あれば苦、なのならば、楽になるわけにはいかない。あとの苦が怖いからね。で、とりあえず、目前...
View Article(巻二十七)絵を踏めば助かる命冬菫(平田俊子)
(巻二十七)絵を踏めば助かる命冬菫(平田俊子)11月7日土曜日立冬のビニール傘の硬きかな(丸山)ということで、NHKラジオの俳句も兼題は「立冬」でした。ゲストに吉田類氏がおいでになっていましたが、話ぶりは穏やかで意外なことに紳士の雰囲気が漂っていた。酔ひそぞる天には冬の月無言(吉田類)選者は阪西敦子氏でした。阪西先生を全く存じ上げませんでした。写真は連光寺さまの今月の御言葉です。月初めに拝読したので...
View Article「小股の切れ上った女/小股の切れ上った女、再考 - 淮陰生[わいいんせい]」日本の名随筆別巻74辞書 から
「小股の切れ上った女/小股の切れ上った女、再考 - 淮陰生[わいいんせい]」日本の名随筆別巻74辞書...
View Article(巻二十七)年を経て君し帰らば山陰のわがおくつきに草むしをらん(正岡子規)
(巻二十七)年を経て君し帰らば山陰のわがおくつきに草むしをらん(正岡子規)11月8日日曜日どうでもいいことですが、顔本に怪しい友達申込みが届いた。返信はしたが様子見にした。Hello, I was searching Japanese culture for my trip to Tokyo before I viewed you page, nice to meet you. If you...
View Article「“かぎりなく他殺に近い自殺” 香山リカ」死をめぐる50章 から
私のような精神科医は、身体疾患を扱うほかの科の医者に比べて、患者さんの死に立ち会う機会は少ないと思う。家族に向かって、「〇時〇分、ご臨終です」という例の“死の告知”も行ったことはあるが、おそらく十回にも満たないであろう。「死に至る病」の恐怖のかわりに、精神科では「いつまでも終わらない病」の恐怖がある。患者さんと「先生、私の余命はどのくらいでしょう?」「はっきり申し上げて、半年というところでしょう」な...
View Article(巻二十七)名画座のヘップバーンに恋をして会話学びし渋谷の街に(大和嘉章)
(巻二十七)名画座のヘップバーンに恋をして会話学びし渋谷の街に(大和嘉章)11月9日月曜日本日の歌には重なるところがあり、よくぞ詠んでくれましたとの思いであります。東急名画座、三省堂、プラネタリウム......。漱石忌英語はついに馴染めざる(松本三千夫)であったが、カジッたお蔭で善きにつけ悪しきにつけ、カジらなかったよりは色々な経験ができた。尤も終わってみればする必要のない経験であったかも知れないが...
View Article(巻二十七)奥津城や願ひのごとく花下に在り(下村梅子)
(巻二十七)奥津城や願ひのごとく花下に在り(下村梅子)11月11日水曜日細君が新聞片手やって来て、九鬼周造のことが書いてあるが九鬼周造の作は読んだのかと訊いてきた。二百円で『「粋」の構造』を買ったが頭が悪いので理解不能であったと答えたら、鼻で笑って戻って行った。こういうとき、「猫にしておけばよかった」とつくづく思う。再び新聞を片手にやって来て、渋沢栄一の記念館が新しくできたけれど何処だと思うか?とク...
View Article1/2「チャップリンからキートンの世界に向けて - 赤塚不二夫」日本の名随筆60 愚 から
貧乏生活が長かったせいか、東京に出てきてからトキワ荘時代にかけて見た映画は、その逆に陽気なアメリカ映画が圧倒的に多い。ミュージカルと西部劇がその代表である。けんかの場面がいつも面白いジョン・フォード物は繰り返し見た。ミュージカルも片っ端から見たものだ。『野郎と女たち』は忘れられない作品だ。『王様と私』も特に気に入ってしまい、石森と池袋へ何回も見に行き、五回だ、おれは六回になったぞ、などと競争したもの...
View Article(巻二十七)里芋のぬめり三流週刊誌(田中朋子)
(巻二十七)里芋のぬめり三流週刊誌(田中朋子) 11月12日木曜日 細君は歯医者に出かけていった。私がお世話になっている新柏の歯医者さんはさっさと処置して終わらせてくれるが、こちらの歯医者さんはどこでもダラダラと引き延ばす。動けなくなれば地元で診てもらうしかないが、どうもインチキ臭い。...
View Article2/2「チャップリンからキートンの世界に向けて - 赤塚不二夫」日本の名随筆60 愚 から
2/2「チャップリンからキートンの世界に向けて - 赤塚不二夫」日本の名随筆60 愚 から...
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