「刑法 承諾に基づく親族のETC カードの使用と電子計算機使用詐欺罪 ー 早稲田大学教授 松原芳博」法学教室 2025年1月号
大阪地裁令和6年5月8日判決
■論点
承諾に基づく親族のETCカードの使用と電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」。
❲参照条文❳ 刑246条の2
【事件の概要】
暴力団員Aは、同居の兄弟CのETCカードが車載器に挿入されたBの運転する自動車に乗車して、H高速道路(H社運営)を2回利用した。Cはカード使用を許諾し、Cの口座から利用料金が引き落とされていたが、上記利用時に同乗していなかった。H高速道路営業規則には「ETCカードによるH高速道路の料金の支払いは、通行の都度、クレジットカード会社から貸与を受けている本人が乗車する車両1台に限り行うことができます。」などの記載があり、ETCカードが紐づけられているクレジットカードのETC利用規定には「ETCカードは、ETCカード上に表示された会員本人のみが利用することがでぎす。」などの記載があった。
【判旨】
〈有罪〉 裁判所は、上記の規則・規定の存在を指摘した上で、「クレジットカードに付帯するETCカードを使用する場合には、所定の審査を経てクレジットカードの発行を受け、ETCカードの貸与を受けた者との間で電子決済をすることが重要な前提とされているといえる。そうすると、カード名義人である被告人Cが同乗していないのに、被告人A及び被告人Bが本件ETCカードを使用したことは、ETCシステムで予定されている事務処理目的に照らして真実に反するから、『虚偽の情報』を与えたといえる。」と判示し、A、B、Cに対して、通常料金とETC料金との差額(各770円、630円)に関する電子計算機使用詐欺罪の共同正犯の成立を認めた。
【解説】
▶1 電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報(を与える)」は、詐欺罪における偽罔行為(欺く行為)に相当する要件であって、財産の得喪・変更の決定の基礎となる重要な事項に関する情報であることを要する。「当該システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報」との立案担当者の定義も、これと同旨であろう。
▶2 本判決は、被告人らはC名義のETCカードの正当な使用権限がないのに正当な使用権限を有する者がETCレーンを通過したとする虚偽の情報を与えたとの「罪となるべき事実」を認定した。これは、ETCカード名義人の乗車の有無をH社の財産の得喪・変更の基礎となる重要な事項とみたものにほかならない。しかし、判旨も述べているとおり、H社の事務処理にとって重要なのは、決済の主体である。本件では、ETCカードの情報から看取される決済主体も現実の決済主体もCであって、そこに虚偽性は見出せない。判旨は、ETCカードの使用と名義人の乗車とを同視しているが、両者の間に必然的な結びつきはないであろう。
▶3 最決平成16・2・9は、承諾に基づく他人のクレジットカード使用も詐欺罪を構成するとしている。しかし、親族による使用など名義人の使用と同視できる場合は、クレジットカードによる決済に特段の支障を生じさせないことから、同決定の射程に含まれないと解されよう。また、仮にクレジットカードの提示の場面では決済主体の同一性確認の意味でカード名義人本人による呈示が要求されるとしても、ETC利用自動車への乗車は決済主体の同一性確認という意味をもたない。(オンライン取引においても、パソコンの入力操作をカード名義人自身が行うことは決定的な重要性をもたないであろう)。実際、H社はETCレーンの通過車両へのETCカード名義人の乗車の有無を確認する措置を(抜き打ちチェックを含めて)何ら採っていないようであり(確認措置が詐欺罪の成否にとって重要な意味をもつことにつき、暴力団員のゴルフ場利用に関する最判平成26・3・28など参照)、名義人の乗車の有無に全く関心を示していないように思われる。加えて、名義人の乗車は、遠隔操縦の自動運転車(本件弁護人の指摘)や法人名のETCカードの場面には問題にならないことからも、H高速道路営業規則の合理性は疑わしい。
▶4 そもそも、電子計算機使用詐欺罪は単なるルール違反や契約違反を罰するものではなく、財産罪として、他人の財産的利益の侵害を罰するものである。しかし、本件ではH社の財産的利益の侵害は認め難い。本判決は、財産上の不法の利益を通常料金とETC料金との差額に求めた。(高速道路利用の便益に不法の利益を求めなかったのは、ETCカードの名義人が乗車していなくても高速道路の利用自体は許されるからであろう)。しかし、この差額は、ETC利用によるH社の料金徴収経費の削減や高速道路の利便性の向上を通じた利用者獲得といったH社の利益に対応するものであって、これをH社の財産的な損害とみるのは無理であろう。暴力団員のゴルフ場利用の事案については暴力団員の利用による客の減少といった間接的な損害が指摘されることもあるが、ETCカードの名義人が乗車していない自動車の利用によってこのような間接的な損害が発生することも考え難い。
▶5 親族等へのETCカードの貸与は日常的な行為であって(弁護人提出のアンケート結果によれば、ETCカードを自ら乗車しない自動車利用のために貸したことのある人の割合は4割近くに及ぶ)、それを全て犯罪として罰するのが不当なのはあきらかである。本判決は、本件ETCカードの使用がクレジットカードの暴力団排除条項を潜脱する目的であったことなどを理由に、本件の可罰的違法性を肯定するが、この理由づけは、本判決が電子計算機使用詐欺罪の規定を暴力団排除という財産の保護とは異なる目的に転用していることを告白するものにほかならない。