(巻四十二)立読抜盗句歌集
満月のもう重からぬ高さかな(横澤放川)
もの置けばそこに生れぬ秋の蔭(高浜虚子)
妻がゐて子がゐて孤独いわし雲(安住敦)
あきらめて狸に戻る狸かな(三方元)
其処此処に冬が屯しはじめけり(相生垣括瓜人)
残寒やこの俺がこの俺が癌(江國滋)
樹木葬こころ清しく選る桜(小林たけし)
とつぷりと後暮れゐし焚火かな(松本たかし)
昼火事に人走りゆく冬田かな(佐藤紅緑)
死ねばみな黄泉にゆくとはしらずしてほとけの国をねがふおろかさ(本居宣長)
はかなしやあだに命の露消えて野辺にわが身やおくりおかれむ(西行)
鴨引いてダム湖に残る深さかな(本谷眞治郎)
世の中の人は全てが飛花落花(二宮正博)
冬晴やソース含めるメンチカツ(藤田哲史)
鶯や時を止めたるひと呼吸(友井正明)
だんだんと遠く見る癖春愁(モーレンカンプふゆこ)
荷風忌や路面電車の隅の席(金田好生)
邪魔なもの小突く掃除機春隣(小川軽舟)
もう誰も気にしてをらぬ桜散る(抜井諒一)
年つまる終りは速き砂時計(これまつみつを)
たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人を見し時(橘曙覧)
資産家の日がな一日釣堀に(あらゐひとし)
よく見ればなずな花さく垣根かな(芭蕉)
世の中の役をのがれてもとのままかへすぞ天[あめ]とつちの人形(曲亭馬琴)
昨日まで人のことかと思ひしがおれが死ぬのかこれはたまらん(蜀山人)
蟇[ひきがえる]なんとかなるの構へかな(小出功)
行く末は透明ならず心太(兵藤康行)
肩に来て人懐しや赤蜻蛉(夏目漱石)
十五分待つなら歩く吹雪かな(松山蕗州)
付いて行くだけの買物春大根(上藤修)
涅槃図に猫の在り処を確むる(春名勲)
現世[うつしよ]に借り無きように炉を塞ぐ(出口善子)
ひんやりと人の世遠し木下闇(福神規子)
身の四囲の空気おもたし半夏生(大竹多可恵)
短夜や死を意識して四十日(柴田美枝子)
赤貧の身にふりかかる桜かな(脇坂規良)
ぎりぎりの傘のかたちや折れに折れ(北大路翼)
交番に肘ついて待つ春ショール(北大路翼)
草を引くにぎやかな妻居りにけり(笹尾茂幸)
ペリカンが水噛みこぼす大暑かな(小島健)
もろもろの管抜き去つて死者涼し(河野美千代)
退屈な猫に出て行くとこがあり(前田雀郎)
五月雨や感じる者と濡れる者(村松敦視)
また一軒昭和が解体されて夏(奥西健次郎)
散るものに極[きわま]る秋の柳かな(柳亭種彦)
三つづつ数へて分けるさくらんぼ(横田青天子)
白玉やあしたがあれば心太(阿部恭久)
草いろいろおのおの草の手柄なり(芭蕉)
短日や不足をいへばきりもなき(久保田万太郎)
あんパンをいつも買う店十二月(上野鮎太)
死を畏れ死を恋ひ枝垂桜かな(おぐまふさこ)
春の夜や吊るもの多き金物屋(藤岡勢伊自
難しく考えないで麦青む(深町明)
よい席の西日に変る車窓かな(能村登四郎)
端居して人傷つけぬやう歪む(斎木直哉)
ホスピスに寄せては返す蝉時雨(酒井湧水)
雷の一つに拍子抜けし雨(高橋とも子)
墨も濃くまず元日の日記かな(永井荷風)
まだ咲かぬ梅をながめて一人かな(永井荷風)
傘ささぬ人のゆききや春の雨(永井荷風)
散りて後悟るすがたや芥子の花(永井荷風)
行春やゆるむ鼻緒の日和下駄(永井荷風)
箱庭も浮世におなじ木の葉かな(永井荷風)
古足袋も四十もむかし古机(永井荷風)
寒月やいよいよ冴えて風の声(永井荷風)
よみさしの小本ふせたる炬燵哉(永井荷風)
夏菊や厠から見る人の庭(井上唖々子)
よし切や葛飾ひろき北みなみ(永井荷風)
市中は物のにおひや夏の月(凡兆)
しようもない男についてゆく日傘(市堀玉宗)
明日食べむ瓜あり既に今日楽し(相生垣爪人)
黴びし物錆びたる物と寂かなり(相生垣爪人)
少しずつ我を片づけ更衣(座安栄)
何もせぬ日々に疲れて夏果てぬ(佐藤俊春)
目薬に目玉を回す今朝の秋(森本幸平)
クーラーの中の静かな心かな(込宮正一)
藷粥や一家といへど唯二人(三橋鷹女)
サングラス掛けて妻にも行くところ(後藤比奈夫)
新茶汲みこの平穏の不安なり(平田裕子)
メメント・モリ診察室の赤き薔薇(国代鶏侍)
まつすぐな道でさみしい(種田山頭火)
りんどう咲く由々しきことの無きごとし(細見綾子)
さて今日は誰忘れんか茗荷汁(朝広三猫子)
死を怖れざりしはむかし老の春(富安風生)
大楠の枝から枝の青あらし(種田山頭火)
肥壺の満々たれば富めるごと(宮川三平)
日の温み残る西瓜を購へり(野口寿夫)
金魚百屑と書かれて泳ぎをり(中西夕紀)
流星にこゑの重なる二人かな(久野茂樹)
道端の穂草となりて風を待つ(石原美枝子)
ビルデイングごとに組織や日の盛(高柳克弘)
秋風やわすれてならぬ名を忘れ(久保田万太郎)
目の前の物を見詰めて天の川(込宮正一)
散る花の音聞く程の深山かな(心敬僧都)
返信のすすまぬ筆や秋暑し(荒井修)
納得のいかぬ顔して捨案山子(あらゐひとし)
剃捨て黒髪山に衣更(曽良)
露の世の自慢話の淋しかり(小川弘)
放蕩も無頼も無縁濁り酒(平松洋南)
生涯を妻に頼りて豊の秋(服部康人)
秋深みゆく一雨に二雨に(奥田好子)
下町はどこにも稲荷いてふ散る(井上正司)
一頭と数へ秋蝶けものめく(石阪千鶴子)
家一軒重機で潰し缶ビール(原田?)
平穏をくづして箸の冷奴(大矢恒彦)
真つ直な蚊遣の煙無為一日(稲葉京閑)