Quantcast
Channel: nprtheeconomistworld’s blog
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3329

「習慣の弊害 ― 土屋賢二」文春文庫 そしてだれも信じなくなった から

$
0
0

 

 

「習慣の弊害 ― 土屋賢二」文春文庫 そしてだれも信じなくなった から

 

繰り返しの力は大きい。見なれたというだけの理由で物の価値が下がることは本来ありえない。百万円の札束をいくら見つめても、百万円の価値があることに変わりはない。だが尊敬すべき人物も、何度も接しているうちに軽蔑の対象に変わり、どんな驚嘆すべき景色も、何度も見ているうちに平凡な景色になる。 繰り返しが習慣になると弊害はさらに大きくなる。 まず健康を損ねる。 早寝早起きや一日五千歩のウォーキングなど健康にいい習慣もあるが、そういう習慣は身につかない。嘘だと思うならわたしを見よ。もし健康にいい習慣が身につくなら、いまごろわたしは超健康になって、不摂生のかぎりを尽くしていただろう。 逆に、夜更かしや暴飲暴食など健康に悪い習慣は簡単に身につく。習慣には身につく習慣とそうでない習慣があり、仕事や勉強などの建設的習慣は身につかず、サボる習慣は簡単に身につくのだ。もし簡単に習慣が身についたらそれは非建設的な習慣だと考えてよい。 習慣が健康を損ねる理由は他にもある。テレビでは連日健康番組で健康になる運動が紹介され、それを欠かさず実行しないと明日にでも死ぬような気になる。毎日のように増え続ける運動を全部実行すると、一通りやるだけで睡眠時間を圧迫するまでになる。減った睡眠時間をカバーしようと、睡眠を深くする方法を実践すると、睡眠時間はさらに少なくなる。それを気に病むとストレスになるから、ストレス予防のために、リラックスしようと呼吸法や瞑想の実践を加えると、徹夜になり、確実に健康を損なう

健康にいい食べ物やサプリメントもテレビを見るたびに増え、食べ過ぎになるばかりか、何のためのサプリメントかも忘れ、物忘れを防ぐ薬も入っていたかどうかも思い出せなくなる。後になって、これこれのサプリメントは飲まない方がいいと言われてもどれをやめればいいのか分からない。 習慣は、楽しい趣味を重荷に変える。何事も最初のうちが一番楽しい。趣味なら楽器やゴルフ道具を買うとき、大学なら入学する前、結婚なら結婚前が一番楽しい(わたしの本も、読む前が一番高く評価できる。買うだけにとどめて読まないことをおすすめする)。趣味をいざ始めると、上達する間こそ楽しいが、これ以上上達しない飽和点に驚くほど早く到達する。そこから先は地獄だ。いくら努力しても上達は望めないが、やめればせっかく身につけた腕前を失う。そんなものを失って惜しいと思うのは本人だけだが、本人は失いたくない一心で練習を続けると、練習が毎日の習慣となり、義務になり、最終的には重荷になり苦痛になる。 収集の趣味もそうだ。百個で一セットになるものを九十個もっていることに気づくと物欲が頭をもたげ、残りの十個を求めて探し回り、多額の金を払ってでも完全なセットにしようとする。だがセットが全部そろったからといって、割引券がもらえるわけでも、一つ上のステージに上がるわけでもない。ちょうど、一ページも読まない百科事典が一巻でも欠けていると気持ちが悪いのと同じだ。足りない物を血まなこになって集めることが義務となり重荷となる。 いまミステリを読んでいる。好きな作家のものは全作品を買って読むことにしているのだが、作風が分かってくると飽きてくる。次にどんな展開になり、「そろそろ裏をかかれるころだ」と思いながら読むと、面白さは半減する。いま読んでいるのはそういう作家の作品だが、設定が好みでないから楽しめない。この作家には執筆をサボる習慣をつけてほしいものだ。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3329

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>