「単発酵と並行複発酵 ー 中島春紫」発酵の科学 BLUE BACKS から
食酢は、酒に含まれるアルコールが酢酸菌により酢酸に変換される酢酸発酵により造られるので、酒を醸造する原料の果物や穀物はいずれも食酢の原料となりうる。
酒は、酵母が糖分をアルコールに変換することにより醸造される。原料が果汁か穀類かの違い、さらに穀類を糖分に変換する方式の違いにより、伝統的にさまざまな醸造方式が採用されている。
①単発酵
ブドウ果実を原料として造られるワインは、ブドウ果汁に糖分が含まれているので、ワイン酵母が直接果汁をアルコール発酵してワインができる。製法が単純なため、原料のブドウの品質がストレートにワインの味に反映される特徴がある。
②単行複発酵
酵母はデンプンを糖分に分解することができないので、穀物を原料にして酒を造るときには、アルコール発酵の前にデンプンを糖分に分解しなければならない。ビールの醸造工程では、麦が発芽するときに産生するアミラーゼという酵素を利用して麦のデンプンを分解し、糖分に富む麦汁を造る。麦汁に苦みの素となるホップとビール酵母を加えてアルコール発酵を行い、熟成させるとビールができる。糖化の工程が完了してからアルコール発酵を開始する点が特徴である。
③並行複発酵
日本酒の醸造では、蒸米に麴菌を繁殖酒酵母とともに仕込んでもろみを造る。もろみの中では、麴菌が残したアミラーゼが蒸米のデンプンを糖分に分解し、同時に清酒酵母が糖分をアルコールに変換する。糖化の工程とアルコール発酵の工程が同時進行することから、並行複発酵とよばれる。工程が複雑で、技術により製品の品質が大きく左右される。糖分による浸透圧の上昇が抑えられるため、最終アルコール濃度が20%を超える酒の醸造が可能であるが、製品のアルコール分は4~15%に抑えられている。
蛇足だが、ワインを蒸留したものはブランデーとよばれ、ビールを蒸留するとウイスキーとなり、日本酒を蒸留したものは焼酎(米焼酎)となる。
さまざまな醸造方式で造られた酒は、古来より人々に酔い心地と幸福感をプレゼントするとともに、一部が食酢となって食卓を彩ってきた。ワインから造られる食酢はワインビネガー、ビールの原料の麦芽から造られる食酢はモルト酢、清酒から造られる食酢が米酢である。現在では飲用の酒を食酢製造に用いるわけではなく、最初から食酢醸造用に原料が処理されるが、アルコール発酵の段階までの基本的な造り方は変わらない。