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「なぜ読書が必要なのか ー 田中慎弥」孤独論 から

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「なぜ読書が必要なのか ー 田中慎弥」孤独論 から

古臭い教師のような物言いになりますが、やはり本はたくさん読んだほうがいい。
「本を読め」なんて台詞は、もはや頭の硬そうな人間の講釈の代表格かもしれない。
いまさらそんな指摘をされて、聞く耳を持つ人がいるのかどうか。
学業の根っこを支えるのは国語能力だから。どんな教科もそれを学ぶうえで言葉による思考力が不可欠だから。コミュニケーション能力を高めるには読書が有効だから。とにかく将来なにかの役に立つから、書物に馴染んでおいたほうがいい。
本当でしょうか。どうも胡散[うさん]臭い。
わたしが読書を勧めるのは、そうした漠然とした理由からではありません。
仕事や世間の奴隷にならず、くだらない流行から逃れ、そして孤独に耐えるためには、本を読み続けなければいけない。そう固く信じるからです。
わたしの半生において、本を読むことは何物にも代えがたい、最大最強の支えでした。わたしは読書から多くの滋養を得て今日まで生きてきたし、それはこれからもそうでしょう。
どんな境遇や職業の人でも、書物に触れること抜きに、生きる手ごたえはつかめない。わたしはそう考えます。

内容が理解できなくてもいい

学校教育の過程で書物を読む機会は多くあります。読書感想文のひとつやふたつ、だれしも書かされたと思いますが、苦痛を感じた人も少なからずいるでしょう。そんなものはうまく書けなくてもかまわない。
本を読まなくても生きてはいけます。本を読まないからといって飢えるわけでも、病気になるわけでもない。
それでもわたしは、読書を強く勧めます。

いまあなたを取り巻く環境とまったく異なる世界が、この世のどこかに間違いなく存在するという実感を書物はもたらしてくれます。読書を通してあなたはいろいろな人生を体験することができる。
以前、編集者がわたしにこんな話をしました。
いま、若い人の多くは、非正規労働者として本当に安い給料でこきつかわれている。知り合いの女性にもそういう人がいるが、彼女の楽しみはこつこつ貯めたお金で、そこらへんで投げ売りされている化粧品の中からいいものを見つけ出して買うことらしい。将来のことなど考えられないし、考えたくもない、という生活。田中さん、その子の部屋に本は何冊あると思いますか? 一冊もないそうです。文学、小説、漫画、なにか一冊でもあればずいぶん違ってくるのに。だから別の価値観や、違う生き方があることを、彼女は知らないんです――。
その話を聞いて、わたしはとっさに、本が一冊あるかどうかでそんなに変わるだろうか、大げさではないかと思ってしまった。
でも、よく考えてみれば、大げさでもなんでもない。本が一冊あるかどうかは決定的な違いです。
読書とは、時間がかかる行為です。しかも、そこに書かれている内容の意味がよくわからない、何度読み返しても理解できない、そんな事態もままある。
たとえば、そもそもある文学作品をまるごと一冊理解するのは、まず不可能です。もし理解できたとしたら、それは錯覚でしょう。簡単に理解できず、答えも見出せない。だいいち設問(テーマ)はなんなのか、それすらはっきりしない場合だってある。ということは答え自体が存在しないともいえる。
架空の人物たちが出てきて、とらえどころのない言動をし、当人たちですらうまく説明できない感情を披瀝するのですから、読み手に理解できるはずもない。
なぜこの著者は、登場人物にこんなことを長々語らせているのか、なぜこの著者は、こんな七面倒な書き方をしているのか。そう思うのは往々にしてあることで、だから、名状しがたいなにかに触れた、という実感さえ得られれば、もう充分だと思います。
読んだ成果として、あなたに実用性や実践性が備わるわけではなく、言ってみれば寄り道の時間を過ごしたようなものです。直接的な利益を目指すなら、そんな暇つぶしはやめて、コンピュータのプログラミング学習に打ち込んだほうがいいのかもしれない。
でも、目に見える効率とは無縁である代わりに、読書はあなたに可能性をもたらしてくれます。あなたを耕して豊かにしてくれる。いままでとらわれ、 硬直してしまいそうな、あなたの考えや価値観を揺さぶり、先を切り拓くための手がかりを授けてくれる。
それは思考停止の対極に身を置くことであり、それをして希望と呼んでいいのではないか。

奴隷状態からの突破口

いまあなたがいる世の中は、あなたの頭の中だけで完結しているのではなく、 外にはそれと価値観の異なる無数の世の中がある。外にはあなたの思考や発想と大きくかけ離れた価値体系がある。読書はあなたにそのことを知らしめてくれる。 
あなたが現状に窮しているのであれば、すなわち奴隷になっているのであれば、 本の世界に浸る孤独な時間は、無数の選択肢をもたらし、希望の光となる。滞った思考を耕してくれる。
読書とは奴隷に陥らないための、奴隷状態から逃げ出すための、手引きにもなりえるのです。
実益のみを追求するなら、コンピュータのプログラミング学習に打ち込んだほうがいい、と先に述べました。いま日本ではプログラミング教育が盛んです。ここ一、二年のあいだにスクールは激増し、子どもも社会人も、この新しい技能習得に励んでいるようです。
あらゆる産業は、デジタル技術のさらなる発展によって、いまある限界を突き抜け、どこまでも成長していくのかもしれない。ただし、電子化が進めば進むほど、人間個人の出る幕も減っていくはずです。
コンピュータがますます賢くなれば、プログラミングを活かす仕事自体、コンピュータがこなすようになる。あなたがプログラミングを学び、それを駆使するところの未来の仕事は、おそらく機械が精密にやってのけるはずです。そこに加われるのはごく限られた数の人間なのでは。反対に多くの人間がコンピュータの奴隷となり本人たちはそれに気づかない、ということも考えられる。
デジタル技術による効率化の上昇は結果的に、人間の参加を拒む力学につながるのだと思います。さまざまな仕事の現場では確かに効率が求められるでしょう。そのメリットは十分に理解できます。しかし、この肉体は、この心は、この思考は、効率からは離れた場所で保たれるべきですし、そこでしか本来の姿をなさないとわたしは考えます。
アナログの時空は、生き続けるかぎり、どうしたって必要です。だから、わたしは読書にこだわります。

(ここまでに致します。)

 

 


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