「見慣れた風景が違って見える「チェアリング」の楽しみ ー スズキナオ 深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと から
究極的に気楽でコンパクトなアウトドアの楽しみ方、それが「チェアリング」だ。「チェアリング」とは、持ち運び用に軽量化された椅子を片手に好きな場所を探し歩き、そこに椅子を置いて腰掛け、のんびり過ごす行為のこと。酒好きな私と、同じくお酒が大好きで酒場ライターをしている盟友・パリッコさんとのふたりで、「野外に椅子を出してお酒を飲んでみよう」と始めたのが最初だった。
東京のお台場にふたりで椅子を持ってでかけ、人工浜のある広い公園内に座って酒を飲んでみたところ、今まで味わったことのないような新鮮な喜びを感じた。好きな場所を選んで座れるという自由さと、屋外で風を感じながら過ごせる気持ちよさ。いつも飲んでいるはずの発泡酒もプレミアムな味わいが感じられる。そんな楽しみが、仲間を集めて車を出して山奥まで行ったりする苦労もなしに手に入るのだ。
お酒もおつまみも近くにあるコンビニやスーパーで調達するのがポイント。どこまでも気楽にやるのが重要なのだ。私もパリッコさんも酒が好きで面倒くさがりなので、そんな自分たちの性格にもピッタリだった。冗談半分にその行為を「チェアリング」と名付け、それからもことあるごとにふたりでやっていたのだが、その遊びが徐々にSNSなどを通じて広まり、今までたくさんの方がその楽しみに気付いてくれるまでになった。
「チェアリング」は椅子さえあれば誰でもできる遊びだ。最近では、ホームセンターや大きめのスーパーなどで持ち運びに適した軽くて丈夫な椅子がリーズナブルな価格で売られている。私が愛用している椅子は、近所のスーパーで1000円ほどで購入したもの。フレームはアルミ製で、折りたたんで長さ1メートルほどの細長い収納袋に入れて肩に担ぐようにして持ち歩くタイプ。少々かさばるのが難点だが、1万円ぐらいの価格帯だとコンパクトに折りたためてリュックにもすっぽり入るほどの小さなものも売られている。
椅子さえ用意できれば、あとは川辺や海辺、風の気持ちいい原っぱ、家の近くの公園など、思い思いの場所を探して座るだけだ。居心地のよさそうな場所を求めてウロウロしている時点ではちょっと周囲の視線を感じて恥ずかしかったりするのだが、座ってしまうと驚くほど気持ちが落ち着く。視点が下がるだけで見える世界がガラッと変わる。
景色を見てのんびりと過ごしながら、好きなお酒や簡単なおつまみなどを用意して飲み食いすれば、「これ以上、何も望むものはない」という気持ちになるはずだ。あるいは、家にベランダがあるなら、そこに椅子を置いて座ってみるのでもいい、実際、ベランダで「チェアリング」を楽しんでいるという方は結構多いのである。冷蔵庫から冷えた飲み物を持って来られたり、トイレに行きたくなったらすぐ行けたりするのだから最高に便利だ。ドアの外で過ごすことをアウトドアと言うのであれば、これも立派なアウトドアである。
「チェアリング」をする上でのルールは、「誰かの迷惑になるような場所に椅子を置かないこと」、「ゴミは持ち帰る」、「騒がない」などごく当たり前のことばかりだ。そこにさえ細心の注意を払えば、あとは自由気ままに過ごせる。大勢でやると周囲の人々の邪魔になることもあるので、ひとりかふたりか、とにかく少人数で静かに楽しむのが一番だろう。
私のおすすめチェアリングスポットは大阪城公園だ。交通の便がよくて敷地が広く、緑も豊かでお濠もある。もちろんお城もある。何より園内にコンビニが何ヵ所もあり、飲み物や食べ物が簡単に手に入るのがうれしい。野外音楽堂の近くに椅子を置いていると、たまに会場内から音楽が漏れ聴こえてきて得した気分になったりする。
椅子に腰かけていると、普段あまりじっくり見ることのないものが不思議と目に入ってくる。風に吹かれて揺れる葉や、上空を行く雲の流れ、川面が作り出す繊細な模様。椅子を置いた瞬間、それまで何でもないように思っていた場所が、自分だけの特別なものに感じられる。そんなマジックを体験させてくれるのが「チェアリング」なのだ。