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「大学教授になる方法:イチかバチか ー 多井学」大学教授こそこそ日記

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「大学教授になる方法:イチかバチか ー 多井学」大学教授こそこそ日記

KG大OBの須崎君が久しぶりに研究室を訪れた。須崎君は20代後半で、有名アパレルメーカーに勤めている。彼はKG大を出たあと、そのまま大学院に進み、そこで修士を取っていた。もともとは須崎君の彼女が私の指導院生だったこともあり、彼女とともによく研究室に遊びに来ては雑談をしていた。
「ご無沙汰しております」
小麦色の肌に白い歯を輝かせてあいさつする。すっかり如才ない社会人の風格を備えている。
「元気そうだね。仕事のほうはどう?」
「そのことで、折り入って相談したいことがありまして・・・」
神妙な顔でそう言う。
「じつは今の仕事を辞めて、大学院博士課程に入り直せないかな、と考えているんです」
就職が決まったあとで研究室まで意気揚々と報告に来てくれた日のことを思い出す。得意の英語を活かせる職場として目指した大手アパレルは第一志望でもあり、当時は目を輝かせていた。言葉にはしないが、仕事が合わなかったのだろうか。
政治学でカナダやオーストラリアの多文化主義の分析と日本への適用性をテーマにドクター(博士号)を取り、その後に短大以上のところで専任教員として教えたいんですが」
かなり具体的な将来図を描いているではないかと驚いた。それで研究分野が似通っている私のところに相談に来たわけか。
須崎君の実力なら「ドクター」は簡単に取れるだろうが、問題は専任教員(=大学教授)になる方法だ。

大学教授になるための足がかりには2通りある。「コネ」と「公募」だ。
須崎君に有力なコネはなさそうだったので、彼の場合は「公募」一択になろう。
2023年現在、国立大は独立行政法人化して、なおかつ少子高齢化もあり、ポストは相当削減されている。神戸海星女子学院大や恵泉女学園大のように、学生募集の中止=廃校も増える傾向にある。聞くところによると、1つのポストを公募すると何十倍、時に100倍を超える応募があることも珍しくないという。とくに職位が助教から教授までの公募となると、20代の若手のポスドクから50代の現役教授までが対象となるから、候補者がひしめきあう状態になる。
兵庫県立大准教授を経て神戸学院大教授に移籍した元キャリア公務員の中野雅至氏は最初の転職活動時、100校の大学・短大の公募に応募して、採用通知をもらえたのは兵庫県立大ただ1校だった、と自著に記している。現在の大学教員は、それほどの狭き門なのだ。
そんなご時世だから、「博士号」を取得しても、正規の職に就けない研究者(オーバードクター)も多い。「博士号」を持っているのに、職がないという、いわゆる「高学歴ワーキングプア」という問題だ。
どう説明しようか迷っていると、私の渋面を見た須崎君が心配そうに言う。
「やっぱり、大学教授への道は厳しいですか?」
「今の時代、大学教授になれるかどうかはギャンブルだね」☆
民間企業への就職と大学への就職は根本的に異なる。民間企業であれば、大手有名企業は落ちたが、中小企業では受かるということがよくある。職種をしぼって就職活動する学生の場合、大手がダメなら、次に中堅、そして中小・零細と企業の規模を下げながら、どこかで引っかかろうとするのが常道だ。だが、これは大学業界では通用しない。大手有力大には落ちたから、続いて弱小短大を狙っていこうとしてもダメなのだ。就職できるかどうかは、大学・短大側が求めている人材に合致しているかどうか、にかかっている。そんなことを説明すると、須崎君も腕組みしながら、研究室に入ってきたときと一変して沈鬱な表情になる。

「仕事がうまくいってないの?」彼の今の生活が気になって私は尋ねた。
「給料はよくて、やり甲斐もあるのですが、忙しすぎるのと、成果に対するプレッシャーが強くて最近不眠気味で・・・。このさき何年も今の仕事を続けていく自信がないのです。大学教員ならマイペースで好きな仕事ができるかと思って期待していたんですが・・・」
「文系なら非常勤講師に就くのはそれほど難しくない。非常勤講師をやりながらチャンスを待つという方法はあるね。非常勤講師を週1コマやれば、月3万くらいにはなる」
「じつは先生ご存じの彼女とはもう別れまして、今はひとり身で、食べさせてくれる相手もいません」須崎君は冗談ぽくそう言い、ようやく笑顔を見せた。
1時間ほど大学業界における就職事情を私なりに説明すると、「貴重なアドバイスをありがとうございました。じっくりと考えてみます」と言って須崎君は去って行った。有効なアドバイスはできなかった。
その後、須崎君からの連絡はない。どこかの大学院博士課程に入ったのか、引き続きアパレル関係の仕事を続けているか。いずれにしても私には、彼が人生を力強く生き抜いていってほしいと願うことしかできない。

☆ギャンブル
博士課程新卒者の大学教員就職率は1965年から10年ほどは約35%だったが、その後、1990年ごろに約25%、2005年ごろに約15%と年々下がり続け、2021年度の文科省調査によると約8%となっている。一般的にギャンブルの勝率(還元率)は、パチンコ・パチスロで80~85%、競馬で70~80%、宝くじで46%とされるから、「大学教授になれるかどうか」は相当勝率の低いギャンブルといえる。

 


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