「民法 性別変更後の出生子による認知請求 ー 関西大学教授 白須真理子」法学教室2024年10月号
最高裁令和6年6月21日第二小法廷判決
■論点
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、「特例法」)に基づき男性から女性へ性別変更した者(以下、「MtF」)が、自己の凍結精子を用いて生物学的女性に子を懐胎させた場合、これによる出生子から当該MtFに対する認知の訴えは認められるか。
❲参考条文❳民787条、特例法3条1項3号・4条
【事件の概要】
Y(被告・被控訴人、被上告人)は、特例法3条1項に基づく性別の取扱いの変更の審判(以下、「性別変更審判」)を受け、法令の規定の前提となる性別(以下、「法的性別」)を男性から女性へと変更した(以下、「本件性別変更」)。本件性別変更前、B女は、Yの同意の下でYの凍結保存精子を用いて懐胎し、C(原告、控訴人)を出産した。また、本件性別変更後、Bは再び、Yの同意の下でYの凍結保存精子を用いて懐胎し、BはX(原告、控訴人、上告人)を出産した。戸籍上、C及びXの母はBであり、父の欄は空欄であった。Yは、AにCに係る認知及びXに係る胎児認知の届出をしたが、不受理とされた。C及びXは、Yに対し、認知を求める訴えを提起した。
原々審(東京家判令和4・2・28)は、C及びXの請求をいずれも棄却。C及びXが控訴。
原審(東京高判令和4・8・19)は、嫡出でない子は、その出生時を基準として、法的性別が男性であった者に対しては認知請求権を行使しうる法的地位を取得するものの、法的性別が女性に変更されていた者に対しては認知を求めることができないとして、その出生時にすでにYに対する認知請求権を取得していたCの請求は許容したものの、Xの控訴は棄却した。Xが上告。
【判旨】
〈破棄自判〉「民法その他の法令には、認知の訴えに基づき子との間に法律上の父子関係が形成されることとなる父の法的性別についての規定はない・・・」。
「父に対する認知の訴えは、血縁上の父子関係の存在要件と・・・するものであるところ、生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない。」
「父に対する認知の訴えは、子の福祉及び利益等のため、強制的に法律上の父子関係を形成するものである・・・。仮に子が、自己の血縁上の父子関係を有する者に対して認知を求めることについて、その者の法的性別が女性であることを理由に妨げられる場合があるとすると・・・子の福祉及び利益に反するものであることは明らかである。」
また、平成20年改正後の特例法3条1項3号は、「主として未成年の子の福祉に対する配慮に基づくものということができる。」「同号の存在が上記のように解することの根拠となるということはできず・・・同号は子が成年である場合について、その法律上の父は法的性別が男性である者に限られないことをも明らかにするもの」である。「他に、民法その他の法令において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない。」
「嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができる」。「Xは、Yに対し、認知を求めることができる」。
三浦守裁判官及び尾島明裁判官の補足意見がある。
【解説】
▶1 本判決は、冒頭に示した論点について、最高裁判所として初めて、法的には女性である「父」に対する認知請求が可能であるとの判断を示したものであり、法解釈上も実務上も、重要な意義を有する。
▶2 特例法3条1項4号が定めるいわゆる「生殖腺除去要件」を違憲と判断した最決令和5・10・25を待つまでもなく、凍結配慮子を用いれば、性別変更審判後の子の懐胎及び出生はありえた。本件の場合、XはすでにBと母子関係が成立しているため、「2人の母」が許容されない限り、成立しうるのは父子関係である。また、BとYは法的に同性であり、現行法上、婚姻はできない。したがって、ここでは、非嫡出父子関係の成立の可否・基準の問題に限定される。
▶3 本件では、性別変更後の出生子Xについて、原々審・原審が、現行法上、父とは生物学的にも法的にも男性であるとして、XとYの父子関係の成立を否定したのに対し、本判決は、男女という性別と父母という属性の不一致を(その一部にせよ)正面から認めて、これを肯定した。同時に、強制認知制度及び特例法3条1項3号の趣旨における実親子関係成立についての子の福祉・利益を強調している。なお、本判決は特例法4条には言及していないが、その法律構成としては、元の性別の生殖機能による親子関係については同条1項の「法律に別段の定めがある場合」にあたるとする解釈等がありうる。
学説は、原審の判断はやむをえないとする見解がある一方で、現行法下でも、子からMtFに対する認知請求により父子関係の成立を認める見解が有力である。
▶ 4 本判決の射程は、MtFによる任意認知の場合にも及ぶか。この点、本判決はYがXを認知する権利の有無が問題となったのではなく、直接の射程は及ばない。もっとも、血縁上の父子関係及び子の福祉を重視する本判決の論理からは、子と血縁関係があれば、任意認知も肯定しうるように思われる。他方で、戸籍事務管掌者が形式的審査権しか持たないことを踏まえ、認知の届出に際し、生来男性と同じく血縁関係の証明を不要とすること等には、課題もある。
▶5 令和4年法律第102号による改正親子法では、「父」の法的性別を「男性」と推認できる形で規定されているとの指摘もなされている。同改正法も視野に入れ、性別と父母の不一致を認めた本判決について、民法との整合的な解釈ないし立法による手当が一層求められる。