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「すべては幻想だった ― 岸田秀」私の死亡記事 から

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「すべては幻想だった ― 岸田秀」私の死亡記事 から

 

岸田秀[きしだ しゅう]一九三三(昭和八)年十二月二十五日、香川県善通寺市生まれ。評論家

 

岸田秀(きしだ しゅう)、一九三三(昭和八)年十二月二十五日、香川県善通寺市生まれ。五二年丸亀高校卒業、五六年早稲田大学文学部卒業、五九年同大学大学院修士課程修了。七

二年和光大学助教授、七六年同大学教授、二〇〇四年同大学定年退職。二〇一三年自宅の階段より落ちて死亡。著書『ものぐさ精神分析』三部作、『幻想の未来』『フロイドを読む』『嫉妬の時代』『官僚病の起源』『母親幻想』『二十世紀を精神分析する』など多数。他に対談集十数冊、英独仏の訳書三十数冊、人生訓「失敗は失敗の元」。

氏は心理学、精神分析関係の翻訳者として知られていたものの、四十歳過ぎまで自ら書いたことはなかったが、七〇年代後半に突如「人間は本能の壊れた動物である」「すべては幻想である」と主張し始め、おのれの理論を「唯幻論」と称し、処女作『ものぐさ精神分析』を公刊した。その説くところは単純明快で、要するに、国家の幻想、時間も幻想、恋愛も性欲も幻想、自我も幻想、何でも幻想ということであったが、どういうわけか、世間に広く受け容れられ、『ものぐさ精神分析』はたちまちベストセラーになった。

すべては幻想であるという唯幻論は、何も深遠なことは言っておらず、氏自身の体験を理論化したものに過ぎなかった。すなわち氏は、息子の氏を溺愛し、おのれの世界に取り込んで支配しようとする母親に育てられ、そのため、思春期に強迫神経症になったが、それから脱出しようとあがいているうちに、精神分析を知り、精神分析にもとづく自己分析を進めた。その結果、氏は、世にまれなほど深く自分を愛してくれていると思っていた母親が実はそうではなかったこと、すなわち母の愛は幻想であったことを知ったのであった。それから、氏が国民学校六年生のときが敗戦であるが、それまで氏は、米英は残忍卑劣な鬼畜であり、わが大日本帝国は正義のために戦う神国であるという教育を受け、敗戦ですべては逆転し、アメリカは正しい自由と民主主義の国で、日本は犯罪的な侵略国家ということになり、何が何やらわからず、神国日本も自由と民主主義のアメリカもどちらもうさん臭いいかがわしく思えてきて、これまた幻想に過ぎないと深く確信するに至った。

氏の同級生によると、氏は高校生の頃から「幻想だ、幻想だ」と口癖のように言っていたとのことであるが、氏自身は、すべては幻想であるというのはありふれた常識的な見解であって、取り立てて主張するほどのことではないと思っていたようである。しかし、氏と付き合いのあったある編集者が氏のしゃべっていることを聞いて面白いと思い、それを文章に書くように氏に勧めて出来あがったのが『ものぐさ精神分析』であった。氏は、なぜこのようなありふれた見解が一部の者のあいだにせよ、もてはやされるのかを、死ぬまで理解できなかったようである。しかし、唯幻論は今やありふれた見解になっている。


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