Quantcast
Channel: nprtheeconomistworld’s blog
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3329

「タクマオー ― 寺山修司」旅路の果て 河出文庫 から

$
0
0

 

「タクマオー ― 寺山修司」旅路の果て 河出文庫 から

 

「ガシャン!スタートが切られると大外ワクから出ムチを使ってタクマオーが先頭に立った。向こう正面で他馬を五馬身離して華麗な逃げ足を伸ばした。(中略[ママ])

タクマオーは砂深いダートの二千百メートルで六十四キロを背負いながら二着の好走であった。かつて福島の地で福島大賞典を連覇し、毎日王冠ではストロングエイトらを迎[ママ]えた輝かしい栄光の日々を汚すものではない。タクマオーは依然健在である」

南国高知の草競馬を観戦したファンの須藤明さんの投書がのったのが「競馬報知」の五十年六月十九日号である。

それまでタクマオーは種牡馬になったとばかり思っていた私は、「おや」と思ってしまった。もともと脚部不安のあった馬で、引退するときの発表は「種牡馬にする」ということだったからである。

小畑元子さん(岩田久子さんと二人で、スイジンの馬主になった人)も、私と同じようにおどろいて、すぐに須藤明さんに手紙を書いたという。

「青森生まれのタクマオーが、生まれ故郷を遠くはなれた南国の地で、老いて走りつづけているのはかわいそうだと思った」のだ。「それに、脚元をかばいながら重ハンデを背負って砂深いダートを走っていたら、いつか故障するのではないか」という心配もあった、という。

そして、まもなくその危惧は的中した。

あくる五十一年五月、タクマオーはレース中に左前球節を痛めて、殺処分にされたのであえる。それまでタクマオーは、二着を四回つづけたあと四連勝しているから、弾丸のようなスピードは、まだまだ衰えていなかった、ということになる。もっとも、相手が、中央時代のウエスタンヒル、ゼンマツ、ジンデン、オンワードガイ、イシノヒカルといった強豪ではなく、草競馬の馬ばっかりだったので足を痛めていても勝てたのだ、という見方もある。

小畑さんは言う。「いまはよくなりましたが、タクマオーが売られた頃は、“高知へやるなら殺した方がいい”というくらいのひどい競馬場でしたからね」

それだけに、かつての中央での重賞勝ち馬が高知で走っている、というのを聞いて、胸を痛めたファンは少なくないだろう。荻窪に住んでいる岩田美千代さんもその一人で、五十一年の正月に京ニンジンをもって、わざわざ高知の競馬場まで会いに行った。

「うらぶれた競馬場でしたね。真ん中に池があるんですが、池というよりは泥沼という感じで、馬場も泥んこで、いかにもさいはての競馬場という感じでした。タクマオーは、その頃から慢性球節炎で、緑のバンデージを前足にまいてました。人なつこくて、わたしのもっていった京ニンジンを、とてもうれしがって食べました。レースで走ったあとは必ずビッコをひくと厩舎の奥さんは言ってましたけど、その時は元気そうでした。十歳まで走れば、種牡馬試験を受け、種牡馬にする。落ちても乗馬クラブにいける、と奥さんが言ってたので、ああまだ一年以上走るのか、とちょっとかわいそうになりました」という。

死んだのが、九歳の夏だから、あと半年走っていれば・・・という思いもひとしおだろう。だが、どっちにしても足を病む馬を「死ぬまで走らせた」という印象はまぬがれない。

小畑さんは言う。「高知では、いまでも薬殺じゃなく、銃殺すると聞いて、ほんとうに胸が痛みました。近くのスナックに何人かで集まってお通夜をしたと聞きました。わたしも岩田さんと二人で一万円ずつ香典を送りました」

テンポイントの香典は三百万円集まった、といわれている。同じサラブレッドでも(しかも有馬記念までえらばれた名馬でも)晩年がこんなに違う、というのはよそう。一方には、競走馬はペットではなく、利益追求の手段である、という論理もあるのである。人は生きるためには、平気で牛や豚や(そして馬までも)食うのだ。だが、その競走馬に馬券代を支払うファンには、そのことを感傷する権利もあり、馬と自らとの関係のなかに失われたアイデンティティーを見い出そうとする、もう一つの論理もあるのである。

いったい、われわれにとって「走るサラブレッド」とは何なのか?その一頭が背負っているのは、ほとんど呪術的ともいうべきものであり、もはや単なる馬主資本の具にとどまるものではない。故郷喪失した現代人たちにとって、走りながら死んでいく馬は、甲斐なく働いて死んでいく自らにとってかわりつつさえあるように思われてくるのだった。

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3329

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>