「帝林社宅前(栃木県那須郡黒羽町) ― 宮脇俊三」河出文庫 ローカルバスの終点へ から
私の部屋の壁には日本列島の小さな白地図が貼ってあり、ミミズのような赤線があちこちに書きこんである。このローカルバス・シリーズで乗った路線である。
すでに連載一七回、赤ミミズは全国に散らばり、ほどよい分布になっている。
しかし、関東から東北地方南部にかけての広い地域は空白のままで、ここだけが無視されているように見える。無視しているわけではないのだが、基準に該当する路線を見つけにくいのだ。
その「基準」と理由は、つぎのごとくである。
- 乗車時間が一時間以上であること(短い路線では、あっけなくて物足りない)
- 行先が有名観光地でないこと。(乗客が遊山客ばかりでローカル色に接しにくい)
- 年間を通じて運行される路線に限る(理由は②と同じで、行楽シーズン中のみ運転のバスは都会からの登山客が多い)
- 私にとって未知の路線・終点であること。
さして厳しい基準ではないし、バス路線は無数にあるので選択に迷うほどだろうと思っていたのだが、意外にも難航している。読者から「わが村へのバスに乗れ」といったお手紙をいただくが、残念ながら一時間に満たぬ線が多い。
選挙区の定数問題ではないから、定員ゼロの地域があってもかまわないけれど、やはり関東北部から東北南部にかけての広大なブランクは気にかかる。
それで、今回はなんとしてもこの空白地帯へ行くぞ、と決心して物色するうちに西那須野から黒羽町の雲厳寺[うんがんじ]へ行く東野[とうや]バスの路線が浮かび上ってきた。乗車時間は一時間〇五分で、辛くも基準をこえている。
黒羽は「おくのほそ道」行の芭蕉が一三日も逗留した城下町で、縁[ゆかり]の史跡が多い。雲巖寺にも芭蕉は訪れ、一句を柱に書き残している。この寺は禅宗の四大道場とされる名刹で、城跡から遠く離れた山間にあり、案内書の写真を見ると、杉木立のなかに威圧感のある山門がそびえている。
「ぜひここだというほどの魅力はないけれど、黒羽の雲巖寺まで行ってみましょうか」と編集部の竹内正浩君は私に言った。
しばらくして、
「雲巖寺から先にも町営バスがあります。二〇分ぐらい奥まで行くようです。時刻はしらべてお知らせします」
との連絡があった。町営バスにも乗れるとは面白そうである。