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「おでん恋しや - 池内紀」今夜もひとり居酒屋 中公新書 から

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「おでん恋しや - 池内紀」今夜もひとり居酒屋 中公新書 から

 

おでんはたいていの居酒屋のメニューに入っている。湯豆腐や豚の生姜焼と同類の一つであって、この場合は一皿五品入り、タネはおまかせといったケースが多い。豚の生姜焼に注文をつけたりしないのと同じである。
これに対してメニューのなかのおでんの比重がグンと高いか、かぎらなくおでんに特化した店がある。俗に「おでん屋」とよばれる居酒屋であって、おでん鍋をまん中にして、二方あるいは三方にカウンターが控えている。タネはどっさり、おのずとあなたまかせでなく、「豆腐とツミレとはんぺん」などとア・ラ・カルト式に注文する。
関西の生まれ育ちの人ならごぞんじだろうが、西ではおでんというと「みそ田楽」のことであって、しょうゆで煮たものは「関東煮[だき]」といった。声に出すとカントウの「ウ」が落ちて、カントダキ。これが煮込みおでんのこと。
関東のおでんは、もともとは串刺しにしたコンニャクをしょうゆだけで煮た辛口のものだったらしい。それがしだいにタネがふえて、味のほうも砂糖を加えたり、塩味であっさり系にしたり、ダシをきかせたりして多様化した。だからおでんに特化した店では、キャッチフレーズ風に味づけの方向と考えが明示されているものである。
「関東風おでんの本流」
「洗練されたうす味おでん」
「歴史と伝統のおでん」
湯気の立つのをフーフーいいながら食べるのがふつうであって、もっぱら寒い季節の食べ物だったが、当節は冷房がいきわたっているので、年中おいしくいただける。特に夏用に「冷やしおでん」という革命的なものもあらわれた。単にさめたのを出すのではなく、いちど味づけしたのを冷やしておく。おでんは通常なら品うすになると鍋に継ぎ足していくが、冷やしおでんの場合はそれができないので、売り切れるとおしまい。
大根、コンニャク、玉子、ツミレ、はんぺん、焼ちくわ、さつまあげ(ゴボー巻、イカ巻)、厚あげ、がんもどき、焼豆腐、じゃがいも、タコ足・・・。
おもえば世にも奇妙な光景である。平べったい大きな金属鍋の中に、おでんダネが並んでいる。大根なら大根、コンニャクならコンニャク、がんもはがんも同士、おおざっぱに鍋を区分けして、同一品目が集めてある。さながらおでん軍団が小隊に分かれて整列しているぐあいである。
家庭料理にも、おりおりおでんが登場するように、いたって経済的な食べ物なのだ。一品ずつのタネの値段はほぼ知れている。家庭のおでんと区別するため、店では豆腐が特製で、ツミレにゆずの風味が加えてあって、関東風出汁にしても、ゴンブやカツオ、鶏ガラで味づけがしてあったり、いろいろプロとしての工夫がほどこされているが、それにしても値の張るものではない。おでんはいたって民衆的な食べ物なのだ。


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