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「会社で働く - 小川軽舟」俳句と暮らす 中公新書 から

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「会社で働く - 小川軽舟」俳句と暮らす 中公新書 から

 

サラリーマンあと十年か更衣 軽舟

サラリーマンあと十年か-この句を作ったのは平成二十四年、私が五十一歳のときだった。大学を卒業してサラリーマンになり、もう三十年近く経っていた。定年の六十歳まで働くとしても、残りは十年足らずである。
更衣は江戸時代からこのかた初夏の季語と決まっている。現代のサラリーマンなら背広を夏物に替える。東日本大震災による原発事故以降、クールビズは多くの会社で五月一日スタートになったから早くもネクタイなしである。まだなんとなく首筋がすうすうして落ち着かない。もっとも、クールビズの期間が終わってネクタイに戻るときは窮屈このうえない。サラリーマン生活を終えてネクタイをする日常から遠ざかったら、こうした感覚もいつしかすっかり忘れてしまうのだろう。
あと十年-いや、考えてみると、あと十年働いても私はまだ年金がもらえない。厚生年金の需給開始年齢は六十歳から六十五歳へ段階的に引き上げられている。私の場合は六十四歳で受給開始の予定である。子どもたちが無事社会人になって自立してくれたとしても、妻と二人で無収入の生活は心許ないものがある。
こうした事態を受けて、高齢者雇用安定法が改正され、六十歳で定年を迎えた後も希望者全員が六十五歳まで働けるよう、企業に雇用継続を義務付けることとなった。年金は出せないから引き続き働きなさい、会社はそれに協力せよというわけである。悠々自適の生活が逃げ水のように遠ざかる。借金漬けの日本の財政状況を考えれば、年金支給開始年齢の引き上げが六十五歳で止まる保証もない。
ところが、それはサラリーマンたちにとって必ずしも不幸なことだとは言えないようなのである。
電通は年金支給開始年齢引き上げの影響を受ける五十代のサラリーマンを対象に、定年後の仕事に関する意識調査を実施した。二〇一一年七月に発表された調査結果によると、調査対象となった上場企業のサラリーマンの大半は六十歳定年後も働きたいと考えている。その割合は六十五歳までは八十パーセントを超え、四分の一以上の人が七十歳時点でも働いていたいと答えている。電通は「生涯現役社会」への移行の兆しがうかがえると調査結果をまとめている。

経済面で安定したシニアライフを送るために働き続けなければならないという面もあるだろうが、理由はそれだけではないようだ。そのことが明確になっているのが、電通総研がちょうど六十五歳からの暮らしに関する調査である(調査結果は電通が二〇一二年五月に公表している)。団塊の世代(一九四七年から四九年にかけて戦後のベビーブームで生まれた世代)は六十歳から年金が支給され、悠々自適の生活が送れるはずなのだが、調査対象の男性の七十二パーセントが六十五歳以降も働くことを希望している。そして興味深いことに、団塊ファーストランナーの男性を夫にもつ妻は、それを上回る七十五パーセントが六十五歳以降も夫が働くことを希望している。
つまり、夫が会社に行かない生活というものが、夫にとっても妻にとっても不安なのである。健康でさえあれば、今まで通りの生活が守られることがお互いの安心なのだ。サラリーマンは会社で仕事をすることによって、社会における、あるいは家庭における自分のアイデンティティーを確保しているのである。
高齢化社会の勝ち逃げ組と言われる団塊の世代でも働き続けるというのだから、私たち今の五十代が六十五歳になったときのことは想像に難くない。しかし、定年後に引き続き会社で働かせてもらえるといっても、会社における地位まで保証してくれるわけではない。地位も収入も大幅ダウンという待遇になるのが一般的であろう。それでもよければどうぞ働いて下さいということなのである。
先ほどの五十代サラリーマンを対象にした調査に戻ると、定年後の理想の働き方は「今と同じ会社でフルタイムで働くこと」が三十四・八パーセントでいちばん多い。ただし、五十代前半と後半では傾向が異なる。五十代前半は「自分の趣味を活かした職業につく」が三十三・二パーセントで最も多いが、五十代後半では二十八・八パーセントに下がる。それに代わって、五十代前半では二十六・四パーセントだった「同じ会社でフルタイムで働く」が四十三・二パーセントに急増する。定年が近づくにつれて夢のようなことは言っていられず、現実を直視せざるを得なくなるのだろう。


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