「民法ー SNS上の権利侵害を理由とするログイン時の発信者情報の開示請求が認められる範囲 ー 日本大学教授 加藤雅之」法学教室2025年4月号
最高裁令和6年12月23日第二小法廷判決
■論点
SNS上での権利侵害について投稿時とは異なるログイン時の発信者情報の開示請求権を定める2021年改正プロバイダ責任制限法5条1項柱書の規定は同法施行前の通信に対して適用されるか、また適用が認められる場合にいかなる通信が開示請求権の対象となるか。
〔参照条文】 プロ責5条
【事件の概要】
氏名不詳のAが、2021年4月29日にインスタグラム(以下、インスタ) 上のアカウントに数件の記事を投稿したが、これらはいずれもXの写真を無断で掲載し、Xの人格的利益を侵害するものであった(新聞報道によれば「なりすまし」の事例)。インスタ利用者は、インターネットを通じてパスワード等を送信し、アカウントにログインした状態でなければ投稿をすることができないところ、インスタ運営者はバスワード等送信時のIPアドレス等の情報を記録しているが、投稿時の情報は記録していない。Aは、同年5 月20日から6月13日までの間に、経由プロバイダであるYの提供するインターネット接続サービスを利用してインスタにログインを行っており、これら計8 回の各ログイン情報をYは保有している。そこで、X はYに対して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)に基づき、計8回のログイン通信に関する発信者情報の開示を求めた。
2021年改正プロバイダ責任制限法(2022年10月施行)は、経由プロバイダが有するログイン通信についての発信者情報開示請求権を認めているところ(同法 5条),改正法施行前の本件通信について改正後法の規定が適用されるかが問題となった。原審は、本件請求について改正前の法の適用を認め、8回のログイン通信に対する請求をいずれも認容した。
【判旨】
〈破棄自判〉「令和3年改正法その他の法令において、 ・・改正後法の規定の適用を排除し、改正前法の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれていない。また、令和3年改正法は、改正後法5条において、発信者情報の開示請求権の要件を一部整理するなどしたものであって、発信者情報の開示請求権そのものを新たに創設したものではない。/以上によれば、改正後法5条2項の規定は、権利の侵害を生じさせた特定電気通信及び当該特定電気通信に係る侵害関連通信が令和3年改正法の施行前にされたものである場合にも適用されると解するのが相当である。」
「施行規則5条柱書きが侵害関連通信を『侵害情報の送信と相当の関連性を有するもの』としたのは・・・・・・開示される情報が侵害情報の発信者を特定するために必要な限度のものとなるように、個々のログイン通信等と侵害情報の送信との関連性の程度と当該ログイン通信等に係る情報の開示を求める必要性とを勘案して侵害関連通信に当たるものを限定すべきことを規定したものであると解される。・・・・・・時間的近接性以外に個々のログイン通信と侵害情報の送信との関連性の程度を示す事情が明らかでない場合が多いものと考えられるところ、そのような場合には、少なくとも侵害情報の送信と最も時間的に近接するログイン通信が『侵害情報の送信と相当の関連性を有するもの』に当たり、それ以外のログイン通信は、あえて当該ログイン通信に係る情報の開示を求める必要性を基礎付ける事情があるときにこれに当たり得るものというべきである。」 として、問題となった8回のうち、時間的に近接しているログイン1件のみについて開示請求を認めた。
【解説】
▶1 インターネット上で匿名の発信者による誹謗中傷等の権利侵害がなされた場合、被害者はプロバイダ等に対して発信者情報の開示請求を行った上で、損害賠償請求を行う必要がある。かかる発信者情報の開示請求については、プロバイダ責任制限法がその要件を定めている。近年では各種SNS上での権利侵害が深刻化しているところ、こうしたSNSにおいては、ログイン時のみ IPアドレス等が保存され、投稿時のものが保存されていないものもある。かかるログイン通信に対する開示請求の可否について下級審の判断は分かれていたが、2021年改正法においてログイン時の発信者情報を想定した、「侵害関連通信」に関する開示請求の規定が整備された(同法5条3項)。本判決は、同法施行前の投稿について、改正法の適用を認めた上で、開示請求権の対象を示した判決という意義を有し、民法上の救済それ自体に関するものではないが、ネット上の権利侵害において開示請求権は欠かせないものであるため、本欄で取り上げる。
▶2 改正法施行前の投稿に対する改正法の規定の適用可否について、本判決はこれを肯定した。インターネット環境の絶え間ない発展は、新たな権利侵害の態様を生み出している。こうした状況に臨機応変に対応する必要性から、判旨にある理由に基づいて改正法を適用したことが理解できよう。同法に関しては、発信者情報の内容を定める総務省令について、省令改正前の権利侵害について改正後の省令の適用を認めた最高裁判決がある。
▶3 もっとも、開示請求の対象となるログイン情報はそれ自体では権利侵害性のない通信であり、発信者のプライバシーや表現の自由と被害者の権利保護のバランスを図る必要がある。そこで、同法施行規則5条が定める侵害関連通信の範囲が問題となる。本件では権利侵害がなされた投稿から21日後以降の複数のログイン情報の開示請求がされたが、最高裁は他の基準がない場合には、権利侵害投稿との時間的近接性を判断基準として、1件のログイン通信についてのみ開示請求を認めた。改正法のもとでのログイン通信の開示請求を最高裁が初めて認め、その判断基準を示した点で本判決の実務上の意義は大きい。