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「民法に守られる日常生活 ー 星野英一」岩波新書 民法のすすめ から

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民法に守られる日常生活 ー 星野英一岩波新書民法のすすめ から

 

①財産上の問題

もっとも、ここで「規律」ということの意味をもう少し考える必要がある。読者の中には、 自分たちの生活が隅々まで「民法」その他の法律によって「規律」されていると聞いて、息詰まるような気持ちになる人もあるからしれない。
しかし、規律というのは、自分の行為が義務づけられることだけを意味するのではないことを強調したい。なるほど、刑法では、一定の行為をしてはいけないという規範、それに基づく義務があって、それに違反すると、刑罰を科せられることになるから。刑法と聞くと息苦しい感じを持つかもしれない。もっとも、刑法に規定されている犯罪のどれもが、普通の人が意識しないで守っている道徳に反するものである。だから、刑法と聞くと恐ろしいようだが、普通の人にとってはなんということもない。
しかも、「民法」の規律は、刑法のそれとまったく異なっているということができる。
まず、財産上の問題についてみよう。売買をとってみると、そのことがよくわかる。買主は買ったものを渡せという権利を持つ。支払う義務を負う代金はその対価である。反対に、売主は約束したものを渡す義務を負うが、その代金を払えという権利を持つ。売主、買主それぞれに義務と権利があり、義務には権利が対応している。約束を守らない、つまり義務を履行しない相手に対しては、履行を請求したり(四一四条)。一方的に契約をやめたり(五四一条)、相手
が履行しないことによって受けた損害の賠償を請求する(四一五条)などの権利がある。買ってきた野菜が外からは見えなかったのに中が腐っていたときは、取り替えてもらうことができる。腐っていない野菜を売り買いする約束をしているから、それを実現せよと言えるはずである。これによって、約束した人々が守られているのである。ただし「約束を守りその内容を実現しなければならない」という規定は日本民法にはなく、これは「条文にない民法の原則」である。 フランス民法には、「適法に形成された契約は、当事者の間では法律に代わる効力を持っ」という規定があり(一二三四条一項)、日本の旧民法にもそのような規定があったが、現行民法起草の過程で(民法典制定の経緯については第八章)、当然のこととの理由で削除されたものである。
万一だまされたり、おどかされたりして約束をしてしまった場合は、契約をやめて、すでに渡したり払ったものがあれば取り戻すことができる(九六条、一二一条)。
自動車に轢かれたり、大きな騒音で眠れなくて病気になった場合など、他人から損害を加えられたときは、その賠償を請求することができる。もちろん平穏な生活は、交通法規や道路・ 信号設備、警官による取締り、行政機関による公害規制などの、事前の予防措置によって守られるところが多いが、事故等を起こした人が損害賠償をする民法上の義務(七○九条等)があることによっても守られている。
さらに、私たちにとって大切なのは私生活である。勝手に自分の家を覗き込まれたり、 はては私生活を暴かれたりしたときには、それをやめさせることも、それによって受けた損害 ー 多くは精神的な損害であるが ー を賠償せよと請求することもできる。人はいわゆる「プライバシー」を侵されない権利を認められている。このことは、日本民法には規定がないが、古くスイス民法に始まり、今日ではフランス民法等に規定されているもので、わが国でも判例、学説によって解釈上認められる点にまったく異論がない。人のどのような利益を、どのような場合に保護すべきかという点で議論があるにすぎない。より広く、人間なるがゆえの尊厳に基づき守られるべき価値に対する権利を「人格権」と呼んで、保護されている。これらは、民法によるものであって、「条文にない民法の原則」と呼ぶべきものと言えよう。
もう一つ、所有権をとってみよう。自分のものを勝手に持っていった人に対しては、それを返せという権利が認められている(一九七―二○二条。実は、この権利を直接に定めた規定もなく、これは、「条文にない民法の準則」である)。

②家族

現在、家族のあり方や、これについての考え方が変わりつつあるが、ここでは、ごく普通の、 夫婦と子供のいる家族について見る。仕事と家庭が多くの人の生活において最も大事な要素であり、誰もが一度は真面目に考えざるをえない二つの事項であろう。
さて、仕事が終わって帰宅した後の夕食は、家庭のある者にとって一日一度の家庭団欒の機会だろうが、どうして二人が夫と妻であるかといえば、結婚しているからである。正式の結婚をしているのは、二人が民法の定める条件(他に配偶者がないこと、近親婚でないことなど)を充たしていて、手続つまり届出をしているからてある(七三一―七四○条)。届出をしていない場合もあり、別に罰則などはないが、民法上の夫婦とされないだけのことであるのは、今日では誰でも知っていることだろう。民法上夫婦であるというのは、民法が定める夫婦の権利義務、 たとえば相互の助け合いや扶養の義務が生ずること(七五二条、七六○条)、他の異性と関係してはならないこと(七七条一項一号参照)や、一方が死んだ場合に相続権があること(八九〇条)を意味するが、これらも、誰でも知っている。また、相手が嫌になったからといって、一方的に夫婦関係をやめることはできず、民法の定める離婚の条件を充たし、その手続をふむことを要する(七六三一七七一条)。さらに、子が嫡出子になる点が重要である。子のことについてやや詳しく説明しよう。
ある女性が子を産む。肉体的に女性と子の間に母子関係があることは、通常は(捨て子や代理母の場合は別として)、問題なくわかる。それでも、法律的には、母たるべき者が何もしないでもよいのか、という問題はあり、立法例も分かれるが、わが国の判例では、母子関係は分娩の事実から生ずるとしている。問題は、子と母の夫との間の法律上の父子関係をどのようにして認めることができるのかで、これは常識的にも難問である。とくに、母が、懐胎の時期に他の男性とも関係があった場合などは、いちいち遺伝子検査をしなければならないのか。
民法は、その場合のための制度を置いている。「①妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。②婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」(七七二条)。この推定を覆すことは、夫が、一定の期間内に、一定の条件の下に、訴えによってのみすることができる(七七四―七七八条)。 前者は「嫡出推定」、後者は「嫡出否認の訴え」と呼ばれる制度である。その存在理由は、フランス民法典の四人の起草者の中心であったポルタリスに聴こう。「形式に適った、法律によって認められた、社会が承認した婚姻が存するならば、父は確定される。それは、婚姻が証明する当人である。両配偶者の同棲、夫の利益と監督、妻の犯罪よりも寧ろ清浄潔白を予想すべき義務等に基く法律上の推定は、裁判官のあらゆる不確実を終焉せしめ、人の身分および家族の平穏を保障する」。ここに述べられているように、この制度は、妻の忠実性への信頼と家庭の平和のための制度である。ある日いきなり、ある男(女)が現われ、あなたの妻(夫)と思っている人は自分の妻(夫)であると主張したり、この子は自分の子であるから連れてゆくと言ったりすることが法律上認められるならば、平和な家庭生活は混乱する。万一そんなことが起こっても、出るべき所に出ればきちんと解決することができる旨を民法が定めているから、そういうことは通常起こらないのである。
子の立場から見よう。子が母の夫を法律上の父と考えているのが正しいのは、民法のこれらの制度のおかげである(父母が民法上の婚姻をしていないと、ここで不便が生ずる)。また、父母は、子が成年に達するまでは、その肉体的・精神的な面倒を看なければならない(八二〇条)。 父母が死んだときは、子はその財産を相続することができる(八八七条)。
このように、民法は安定した家庭生活を守っている。普通は、夫婦・親子間の愛情ゆえに、 民法を意識することはないが、事が起こって、それだけではやってゆけなくなった時に、民法がいわば最後の砦となって、弱い者を守るのてあり、縁の下の力持ちの役割を果たしている。
以上のように、私たちの日常生活が「民法」によって規律されているということは、「民法」 によって日常生活をスムーズに送ることができるということである。人をだましたりおどかしたりして契約をさせたり、人の物をもったりするような、例外的な人にとっては具合の悪い現非かもしれないが、普通の人間はこれによって守られている。法律的にいえば、日常生活に必な様々の権利がばめられているということである。もちろん、それらは、他の多くの法律に
よっても認められているが、民法によるものが多い。憲法により基本的人権が認められていることは――実は、基本的人権の多くは民法によっても認められている(第八章)――誰でも知っているが、日常生活上の権利は、その多くが民法によって認められていることを知ってほしい。

 

 

 

 


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