「樋口一葉の多声的エクリチュール・その方法と起源 - 倉数茂」ハヤカワ文庫 異常論文 から
【冒頭-作品紹介】
樋口一葉を論じることが現実そのものに影響を与えてゆく本作は、読むことは読むことのみにとどまらず、生きることは生きることのみにとどまらず、死ぬことは死ぬことのみにとどまらないという人間の本質的な中間性を、〈異常論文〉という中間的な形式によって描出している。小説という表現形式においては一般に、「説明」することは忌避されるが、本作においては説明とそうでないものは区分けできない。説明は説明の中にとどまりえない。本作の語りの中では、つねにすでにあらゆるものが溶け出し続けている。余談だが、本作で言及されている文献はすべて実在するものであり、引用は正確で事実に基づくものであり、怪談パートを除けば査読を想定した正常な論文として書かれている。
くらかず・しげる。作家、日本文学研究者。2011年『黒揚羽の夏』でデビュー。『名もなき王国』(ともにポプラ社)で第39回日本SF大賞、第32回三島由紀夫賞にダブルノーミネート。研究書としては『私自身であろうとする衝動 関東大震災から大戦前夜における芸術運動とコミュニティ』(以文社)がある。近刊に変格ミステリ『忘れられたその場所で、』(ポプラ社)。
(つづく)