「増えるものたちの進化生物学(抜書) - 市橋伯一」 増えるものたちの進化生物学 から
はじめに
私たち人間を含めたすべての生物は、その他の生物ではないもの-たとえば石や水-とはひとつの大きな違いがあります。それは「増える」ことです。
38億年くらい前に、生物がまだ生物とはとても呼べないような化学物質の集まりだった時代に、その原始の化学物質は増える能力を獲得しました。そしてその能力のために化学物質は進化することができるようになり、最初の生命がうまれました。生命とは、増える能力が作り出したひとつの「物理現象」だと言うことができます。この物理現象は私たち人間へとつながっていきます。私たち人間の存在も、生命が増えることを始めた必然的な結果だと言えるかと思います。
私たち人間は、増えるという物理現象が生み出したもっとも極端な存在です。その極端さが私たちの認知能力を向上させ、迷いを抱き、生きづらくすると同時に、今まで生きてきたどの生物よりも自由になることを可能にしています。この本では、生物の進化をひとつの物理現象だとみなしたときに、そのことが私たち人間の生き方とどうつながっているのかを述べていきます。生物もひとつの物理現象だとするならば、すべての物理現象と同じようにそこには一定の傾向があり、それが私たち人間に受け継がれ、私たちが普段感じている生きる喜びや生きづらさにつながっていくはずです。
この本は、「なんで生きているのだろう?」という疑問に答えるために書きました。この疑問は私が若いころから思っていて、今もなお時折、切実に感じる疑問です。多くの人もまた同じ疑問をもっているのではないかと思います。残念ながら宗教が与えてくれる答えには満足できませんでした。もっと科学的な答えが知りたかったのです。
私が若いころはその答えがわかりませんでしたが、その後、研究者となり、生命の起源や進化という現象を専門に研究するようになって、なんとなくその答えが形になってきたような気がしてきています。この本は、過去の私の疑問に答えられるように書きました。願わくは、何のために生まれてきたのかわからない人が生きることの価値を見出し、少しでも今を生きる幸運を感じるよすがとなればと思っています。
(続く)