(巻ニ十八)充電を終えて出てくる木下闇(尾崎竹詩)
1月8日金曜日
細君が医者に出かけて昼前に帰ってきた。医者は空いていたそうだ。駅前の三井住友銀行の支店が閉店するらしいと云うのが帰宅しての第一声でありました。三菱、みずほとあるが銀行が駅前にあるのが当たり前の時代も終わりかな。
銀行の金庫を閉めて年終る(貝啓)
続いての細君ばなしは「金さん銀さん」であった。薬局の待合室のテレビにお姿が流れていたらしい。「まだ、お元気で二百歳まで生きるって言ってたわ。」と言うのであるが、随分前に亡くなったはずだ。ここで反論しても意味がないので口を挟まずに聞き流しておいた。このように聞き流しておけばよいのだ。聞き流しておけばいざこざが起こらず静かな一日が送れるのである。(抵抗が止み、結局は隷属か。)
春一番妻の一言逆らわず(野村征三郎)
散歩:
高校コースを歩き、変則で風呂屋の前の通りを通った。風呂屋の並びの飲み屋の「鍋」の幟がはためいていた。寄せ鍋、鳥鍋、もつ鍋と品書きが貼ってある。鍋は恋しくないが、カツカレーでビールが頂きたい。今度弁当にするときはカツカレー弁当にしよう。出来れば洒落たカツカレーではなくてバタ臭い田舎風のカツカレーが喰いたい。荷風はカツ丼だったが、私はカツカレーにしよう。
凩や愛の終わりのカツカレー(長谷川裕)
本日は三千九百歩で階段は2回でした。
7時から暖房を入れた。
願い事-叶えてください。
生きている理由もないし、(そもそも生まれてくる必要もなかったのだから、生きている理由は初めからないのだが)生きていたくもない。ただ死に際の苦痛と不自由は嫌だなあ。特に不自由になって迷惑をかけたくない。細君共々トイレに行けなくなったら本当に安らかに逝きたいねと今は思っている。
動物愛護団体の猫好きビデオを見ていると死にかかった猫が治療を受けている場面が出てくる。猫は実におとなしく為されるがままにしている。ああいいふうに委ねて足掻かずに逝けるのだろうか?もちろんビデオの猫は元気になって可愛くなってパッピーエンドで終わるのだが。