「退職後:おひとりさまの暮らし - 内田正治」タクシードライバーぐるぐる日記 から
私は2016年10月15日で退社した。65歳だった。
退職後、おひとりさまの生活が始まった。
もう朝の5時30分に起きだして、眠い目をこすりながら身支度を整え、会社に行く必要もない。いつまででも好きなだけ寝ていられる。
はじめの10日ほどはまったく何もせず、ぼーっとしていた。
それでも最初の1カ月は5時すぎになると自然と目が覚めていた。一瞬、起き上がろうかと思い、ああ、もう辞めたのだと思い直す。
ふつうの生活スタイルに慣れるまで1カ月ほどかかった。
午前中は掃除、洗濯、ゴミ出しなどを片付け、のんびりと新聞を拾い読みする。午後は食事を兼ねて散歩に出かける。
退職すると、この仕事への未練や感慨深さが去来するのではないかと思っていたが、自分でも驚くほど淡々とした思いだった。飽きて何かしたくなるかと思ったが、さほど飽きもしない。
15年ものあいだ勤めたのに、これだけ何も思わないのもなんだか不思議だった。
こうして私は年金生活者となった。
もともと酒やタバコはやらない。
第二章で記したとおり、一時は病みつきになったパチンコも、還暦になる前に自然と遠ざかってしまった。
パチンコ台の仕様が若者向けになり、投資金も多額で、気楽に遊ぶことができなくなっていた。「もういいか」という思いで打ち止めとなった。情熱は消え失せ、パチンコ屋の前を通っても心が動くことはなくなった。
一時期は楽しみにしていたゴルフもいつのまにかやめた。ゴルフ場まで出かけるのがおっくうになり、クラブも処分してしまった。
クルマやバイクはもちろん自転車さえ所有していない。料理はしないので、スーパーの日替わり品や冷凍食品などで済ませる。
旅行にも行かない。身のまわりの服や靴などはバーゲンセールの安物で十分である。生活の中で必要なのは、電気、ガス、水道、家賃、新聞代、スマホ代くらいである。
以前からそうだったが、「人は人、自分は自分」という割り切りができるようになった。他人をうらやましいと思うこともなく、特別に欲しいものももう何もない。
持病のため、通院と薬代は欠かせない。これが月に8000円ほどの出費となり、意外に大きい。国民健康保険により2割負担で済むことがじつにありがたく感じられる。
受給年金は月に12万円ほどで、そのうち家賃が6万円、そのほかの生活費が5万円に、医療関係の出費があり、切り詰めても毎月2~3万円は足りなくなる。
足りない分は、わずかな貯金と、母の数十万の遺産を切り崩す。
その金も近いうちになくなる。なんとかしなければと思うが、なんとかなるだろうとも思う日々である。