「行政法ストーカー規制法4条1項の警告の処分性 ー 神戸大学教授 興津征雄」法学教室 2025年3月号
大阪高裁 令和6年6月26日判決
■論点
ストーカー規制法4条1項に基づく警察署長の警告は取消訴訟の対象となる処分に当たるか。
❲参照条文❳ストーカー規制法4条1項、銃刀所持5条1項15号
【事件の概要】
X(原告・控訴人)は、訴外Aに対する行為がストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「法」または「ストーカー規制法」という) 2条1項3号および5号に規定する「つきまとい等」に当たり、法3条に違反するとして、法4条1項に基づいて奈良県B警察署長から警告(本件警告)を受けた。そこでXは奈良県(被告・被控訴人)に対し訴えを提起し、主位的に本件警告の取消請求 (行訴3条2項)を、予備的に本件警告が違法かつ無効であることの確認請求(同4 条)をした(控訴審で他の予備的請求が追加るが、割愛する)。Xは、とりわけ、法4条1項の警告を受けたことが、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法) 5条1項15号の銃砲刀剣類所持許可の欠格事由に当たることを、当該警告の処分性の根拠として主張した。
第1審(奈良地判令和5・10・24 LEX/DB 25620530) は、本件警告の処分性および確認の利益を否定し、取消訴訟および確認訴訟をいずれも却下した。本稿では、取消訴訟に係る論点のみを取り上げる。
【判旨】(原判決引用部分をも含めて抜粋する。)
〈控訴棄却〉(1) 「法4条1項の警告は、当該警告を受けた者に対し、当該警告に係る法3条に規定する行為をしないという不作為を求める行政指導にすぎないものと解するのが相当である。」
(2)「平成20年銃刀法改正〔法4条1項の警告を受けたことを欠格事由として定めた改正〕により、上記警告に、銃砲刀剣類の所持許可についての絶対的な人的欠格事由となるとの法律効果が付与されたものとして、『直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められるもの』に形式的には該当するとも解し得る。」
(3)「しかし、行政庁の行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか否かは、 当該行為の根拠法規等が、当該行為の効力を抗告訴訟により争わせるに値するものとして規定しているか否かという立法政策に帰するのであるから、行政処分に当たるか否かは、① 条文の文言が、権利義務の形成等を予定していると解されるものか、②当該行為によって、国民の地位に法律上どのような変化を生じるか、③複数の行為が一連の手続過程を構成している場合には、どの段階で違法を争えるようにし、公定力の発生を認めるのが適切かなどの点を総合考慮して判断するのが相当である。
これを、平成20年銃刀法改正後の法4条1項の警告についてみると、上記改正に際しては、告知、聴聞に関する諸規定を含め、平成12年の〔ストーカー規制法の) 立法以来の、法4条1項の警告の「行政指導」としての位置付けを変更する規定は設けられず、上記警告の位置付け、それを巡る制度の枠組みに関しては、何らの立法措置も施されず、従前のとおり維持されたと解される。
これは、平成20年銃刀法改正の立法者の意図としては、法4条1項の警告について、上記改正を契機に、抗告訴訟の対象となる行政処分としての性質を新たに与える趣旨ではなかったことを意味しており、上記改正に際して、法4条1項の警告によって、銃砲刀剣類所持許可の絶対的な人的欠格事由という法的効果が生じることになったにもかかわらず、これを行政処分とはしない立法がされたものと捉えられる。」
(4)「法4条1項の警告を受ける者は、Xもそうであるように必ずしも銃砲刀剣類所持許可の申請を予定していないと考えられるから(Xについては、過去に、 上記許可を受けていたこと、将来その申請の予定があることについての主張、立証はない。)、銃砲刀剣類所持許可の申請をした者についてのみ、その不許可処分の取消訴訟、又は許可処分の義務付け訴訟等の抗告訴訟を許容しさえすれば、真に救済が必要な者に対する訴訟手続の保障としては十分であると解される。」
【解説】
▶1 法4条1項の警告は、ストーカー規制法の仕組だけを見れば、行政指導であるといわざるをえない (【判旨】(1))。しかし、銃刀法の仕組みと結びつけられ、警告を受けると銃砲刀剣類所持許可が受けられなくなるという法効果が生じるため(【判旨】(2))、この法効果が警告の処分性を肯定する根拠とならないかが、本件の論点である。
▶2 処分性の肯定は、取消訴訟の対象となるのみならず、行政手続法上の処分手続の対象となる効果もある(山本隆司『判例から探究する行政法』381頁)。 処分性の判断において立法者意思が意味をもつことは確かであり、弁明の機会の付与や理由提示などの事前手続の対象となることが法律で明示されれば、処分性肯定の有力な根拠となる。しかし、立法者意思が明確でなくても、解釈により処分性が認められれば、これらの事前手続の対象となるため、それが明示されなかったからといって、当然に処分性が否定されるとは限らない。【判旨】(3)は、論理が逆である。
▶3 精神的表示行為(塩野宏『行政法Ⅱ〔第6版〕』 114頁参照)の法効果を直接的効果(行為が直接発生させる効果)と付随的効果(行為の存在に法律が結びつけた効果。要件事実的効果または構成要件的効力ともいう)とに分けた場合、付随的効果だけでは当該行為の処分性の根拠にならないとする見解がある(中川丈久 「行政処分の法効果とは何を指すのか」 石川正先生古稀記念論文集『経済社会と法の役割』209頁。最大判平成 20.9.10民集62巻8号2029頁参照)。銃刀法上の欠格事由となることは警告の付随的効果にすぎないから、 この見解によれば、処分性が否定されることになろう。
処分性は法令の仕組みに照らして定型的に判断され、 原告の個別事情は考慮されないのが原則である(小早川光郎『行政法講義(下Ⅲ)』254頁,山本・前掲381 頁)。Xに銃砲刀剣類所持許可申請の予定があったとしても、そのことは処分性肯定の根拠にはならない。警告を受けた者は、銃砲刀剣類所持許可申請をし、それが拒否された場合に、当該拒否処分の取消訴訟において警告の違法性を主張することができると解され、それで救済としては十分というのが本判決の立場である (【判旨】(4))。